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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)54号 判決

原告 厳紹光

右訴訟代理人弁護士 鈴木義広

被告 詫摩スヱ

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

同 竹谷勇四郎

同 光石士郎

同 篠原千広

右復代理人弁護士 吉永光夫

被告 松本和夫

右訴訟代理人弁護士 光石士郎

同 篠原千広

右復代理人弁護士 吉永光夫

被告 明治不動産又は明治不動産株式会社こと 遠藤一平

右訴訟代理人弁護士 山本玄吾

同 木戸口久治

主文

被告遠藤一平は原告に対し、金五〇七万七、七〇〇円及びこれに対する昭和三三年一月一六日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用のうち、原告と被告遠藤一平との間に生じた分は同被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

原告のその余の請求は棄却する。

この判決は原告において被告遠藤一平に対し、金一〇〇万円の担保を供するときは右第一項の部分に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

証人永井輝美の証言及び原告本人尋問の結果並びに同人らの供述によつて真正に成立したと認める甲第一号証の一ないし四(但し、警察署長の証明部分の成立は当事者間において争いがない)及び同第二号証によれば、本件土地は諸貫松太郎の所有であるところ、原告は昭和三二年一一月二八日地主諸貫と称する永井輝美との間に、本件土地につき売買契約を締結し、その代金名下に金五〇〇万円を騙取され、その際右土地の所有権移転登記手続の費用として金七万七、七〇〇円を支出し、合計金五〇七万七、七〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

原告は、「原告が前記のように永井輝美に金員を騙取され、前記損害を蒙つたのは被告らの過失にもとずくものである。」と主張するから、以下この点について判断する。甲第一号証の一ないし四、証人津田藤兵衛の証言によつて真正に成立したと認める同第一号証の五、証人鶴賀利彦の証言によつて真正に成立したと認める丙第四号証、証人鶴賀利彦、同野本茂、同津田藤兵衛、同夏志強、同永井輝美の各証言、原告及び被告詑摩、同遠藤の各本人尋問の結果を綜合すれば、原告が本件土地につき前記売買取引をするに至つた経過は、次のとおりであることが認められる。

1、自称諸貫こと永井輝美は、由浅弘章外数名の者と共謀の上、地主諸貫の氏名を冒用して本件土地を売買し、その代金を騙取しようと企て、昭和三二年一一月中旬頃本件土地の登記簿謄本、固定資産課税台帳登録申請証明書、(以下公課証明書という)公図の写並びに地主諸貫の住民票の抄本などを入手した上、地主諸貫の印鑑と印鑑証明書を偽造した。

2、そして同年一一月二四日頃右偽造に係る印鑑と印鑑証明書を利用して司法書士津田藤兵衛に対し、「権利証を紛失した。と称し、本件土地の保証書の作成を依頼し、同人はこれに応じ、印鑑証明書の呈示を求め、保証書作成の依頼状を提出させた上被告詑摩、同松本に対し、保証書の保証人になるように依頼した。そこで同被告らは、右印鑑証明書を真正に作成されたものと信じ、その依頼者が地主諸貫に相違ない旨の保証書を作成し津田藤兵衛の手を通じて永井輝美らにこれを交付した。

3、そこで由浅弘章は、同年一一月二五日本件土地の売買の仲介を、被告遠藤の使用人である鶴賀に依頼し、鶴賀は被告遠藤の業務の執行として、翌二六日同僚社員二名と共に本件土地の現状を見分した。そして翌二七日登記簿を閲覧し、本件土地につき他物権などの設定の有無を調査した後、由浅弘章の紹介により地主諸貫と称する永井輝美と面談し、同人から本件土地の保証書、登記簿謄本、公課証明書及び地主諸貫の住民票抄本並びに地主諸貫名義の印鑑証明書、白紙委任状などの提示を受けたので、これを閲覧し、各右文書に記載された諸貫松太郎の住所氏名がいずれも同一であることを確認した。そして即日津田藤兵衛に、保証書作成の有無について問合せたところ間違いがないとの回答を得た。又自称諸貫は、「本所の方で経営している飴工場がストライキ中で金がいるため本件土地を処分する。」と言つており、かつこの点について翌二八日調査したところ、右事実は、真実であることが判明した。このような事実から、鶴賀は自称諸貫を、地主諸貫と確信するに至つた。

4、同月二七日原告は被告遠藤の使用人である野本の案内によつて、本件土地の実状を見分し、後鶴賀及び野本らと面談し、本件土地の権利関係などに間違がないか否かを確め、同人らが間違がないというのでその言を信じ、翌二八日に直接地主諸貫と面会した上、本件土地の権利関係に支障がなければ、代金七〇〇万円で買うことを内諾し、所有権移転登記手続をなすと同時に、代金を支払うこととし、この仲介を被告遠藤に依頼した。

5、翌二八日鶴賀は、地主諸貫の住居地附近に赴き、同人の身元などを調査したところ同人は現住所に長年にわたつて居住しており、その年令容ぼうなども自称諸貫と大体一致していることを確認した。

6、同日鶴賀及び野本らは、被告詑摩方津田司法書士事務所において、原告と自称諸貫とを相互に紹介し、原告に対し、自称諸貫を地主諸貫であることを告げた。そして鶴賀が売買契約書を作成し、原告と自称諸貫がこれに署名捺印した後、鶴賀も立会人としてこれに署名捺印した。そして原告並びに自称諸貫は本件土地の所有権移転登記手続を津田藤兵衛に依頼し、その必要書類を同人に交付した。原告は津田藤兵衛に「登記できるか」と問いただしたところ、同人は「できる」というので、自称諸貫こと永井輝美に対し、本件土地の売買代金の一部として金五〇〇万円を、又津田藤兵衛に対し、登記費用として金七万七、七〇〇円をそれぞれ支払い、結局頭初において認定したように右金員を騙取されるに至つたものである。

証人津田藤兵衛並びに被告詑摩スヱの供述中右認定に反する部分は、前掲他の各証拠に照らして措信しない。

よつて右認定した事実にもとずき、被告らのなした前記各行為が、原告に対する不法行為に該当するか否かの点について検討する。

(原告の被告遠藤に対する請求について)

被告遠藤は不動産仲介業者であり、鶴賀及び野本らはいずれもその使用人として、被告遠藤の業務の執行につき、本件行為をなしたのであるから、被告遠藤は右鶴賀及び野本らのなした行為につき、その使用主としての責任があるところ、不動産仲介業務に従事する者は、これら取引について、専門的な知識及び経験を有するものであり、不動産取引業者に対し、不動産の売買についてその仲介を依頼する者は、これら業者の知識や経験を信頼して、これを依頼するのが通常であるから、不動産仲介業務にたずさわる者は、委託者に対し、準委任関係にもとずく善良な管理者としての注意義務を負担することは勿論、その仲介するに際しては、目的不動産の瑕疵や権利者の真偽などについて調査し、これを確認するなど、買主をして不測の損害を蒙らしめないように、充分に留意すべき業務上の一般的注意義務がある。よつてこれらの注意義務を怠り、その結果委託者に損害を与えたときは、不法行為としてその損害を賠償する責任があるものと解する。

本件についてこれを見るに、鶴賀及び野本らは、地主諸貫に全く面識がなく、その上自称諸貫こと永井輝美は当時権利証を紛失したと称し、保証書を呈示しているのであるから、このような場合、自称諸貫が真実に地主諸貫であるか否かの点について特別に注意を払い、地主諸貫の居宅又は勤務先などに電話で連絡するとか、又は同所に行つてこれを確認するなどの調査をなすべきところ、これを怠り、(このような調査をしたことについてはなんらの立証がない。)前記認定した程度の調査をもつて、自称諸貫を地主諸貫であると誤信して、この旨を原告に告知し、もつて本件土地の売買の仲介をしたことは、鶴賀及び野本らの過失であり、不法行為として右によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

被告遠藤は、「鶴賀及び野本らの選任並びに事業の監督について相当の注意をなしたものであり、又相当の注意をなすも右損害は生じたものである」と主張するからこの点について判断する。

被告遠藤の本人尋問の結果によれば、鶴賀及び野本らは被告遠藤の外交社員として雇傭されていた者であり、被告遠藤がこれらの社員を雇入れるについては、戸籍謄本、住民票謄本、身元保証書、誓約書などを提出させ、その者の身元を調査し、かつ、その者が入社した後三ヶ月間は不動産に関する登記、契約及びその事故の防止などについて教育を行い、その後約一年間は古参社員について実務に当らせるなどして、被傭者に対する選任及び監督をしていたことが認められるが、使用者の被傭者に対する選任及び監督上の過失の有無を認定するについては、当該使用者の事業の内容並びに被傭者の職務の内容及びその地位やその者のなした不法行為の態様など諸種の事情を参酌して決定すべきものと思料されるところ、被告遠藤の供述によれば被告遠藤は本件取引について鶴賀から報告を受け、前記保証書を閲覧し、その取引の内容なども知つていたにかかわらず、同人に対し、権利者の真偽の確認について適切な指示をせず漫然と登記簿の閲覧による目的物件の調査と売主の住所を確認することを指示したに過ぎなかつたことが認められるのであるから、前記のように被傭者に対して一般的な教育をしていることをもつて、その監督に過失がなかつたということはできず、又相当な注意を為すも原告の前記損害は生じたものということはできない。よつて被告遠藤は鶴賀及び野本らの前記行為によつて原告が蒙つた損害につき、使用主としてこれを賠償する義務がある。

又被告遠藤は、前記損害賠償の額の認定につき、過失相殺を主張しているが、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地の売買をなすについて、専ら不動産仲介業者として被告遠藤の有する不動産取引に関する智識、経験並びにその調査を信頼して本件取引の仲介を依頼したことが認められるのであつて、原告が買主として自ら権利者の真偽について調査しなかつたとしても、これをもつて、原告の過失であるということはできない。よつてこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

(原告の被告詑摩、同松本に対する請求について)

原告本人尋問の結果によれば、原告はその供述第三項において「土地の権利関係は野本と鶴賀の二人から聞きました。即ち、権利関係はきれいになつている。抵当権もないからきれいになつている、名義は明日にも変えられると申しました。そのとき権利証のようなものは見せてくれませんでした。保証書というようなものも見ていません。」又その第七項において、「本証(甲第一号証)の五の保証書は、その場で見たか見ないかわかりません。」又その第一七項において、「その時権利証とか保証書は何も見ません。私は明治不動産を信頼して買つたのです」とそれぞれ供述しているのであつて、原告は本件土地の売買取引をなすについては、専らその仲介に当つた不動産仲介業者としての被告遠藤並びにその使用人である鶴賀及び野本らを信頼していたのであつて、被告詑摩、同松本の保証した前記保証の書面を信じた結果、本件取引をなしたものではないことが明らかである。よつて原告の蒙つた前記詐欺による損害と被告詑摩同松本の前記保証書の作成との間には、原告主張のような因果関係は存しない。従つて原告の被告詑摩、同松本に対する請求については、その余の判断をなすまでもなく理由がない。

以上のとおりであるから、被告遠藤は原告に対し原告が蒙つた損害金五〇七万七、七〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること明らかな昭和三三年一月一六日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、これを求める原告の被告遠藤に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告詑摩、同松本に対する請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言については、同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島原清)

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